外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。

前へ目次ページへ次へ

第3回 とりあえずやってみることが大事だなぁ 町田康さん(作家、ミュージシャン)

「心斎橋でしょう思てたやつあかんように
なってまいました。そこで代わりちゅ訳やおまへんけど
9日の午すぎなにになにさひてもらうまふ」
「利益度外視でやらせてもろてます」
作家でありミュージシャンでもある町田康さんは、
ヴォーカルを担当するバンド「汝、我が民に非ズ」の
公演が中止や延期になるなか、
ツイッターでこんな風につぶやいて、
過去のライブの動画配信や「朗読の時間」など、
新たな活動をはじめていらっしゃいます。
「橋本治をリシャッフルする」の講師でもあり、
『くっすん大黒』で鮮烈なデビューを飾り、
『告白』『ギケイキ』など唯一無二の存在感を
放ち続ける異才・町田康さんが、
いまをどう生きていらっしゃるのか、
うかがってみました。
生きるためのヒント、としてあげてくださったのは、
「半年のうちに世相は変わった」で始まるあの作品です。

●時折は動画も役に立つ

――
今回の事態を受けて、
「理解が深まった」と思われる作品はありますか?
町田
理解が深まったかどうかはわかりませんが、
坂口安吾の『堕落論』です。
これまでの私たちには貧しく無垢であると自分を規定して、
正しく、美しく、清くあること、を
自分にも他人にも強いる傾向がありましたが、
生き延びようとすることは恥ずかしいことではない、
と説くこの文章には、これから暫くの間、私たちが、
これまでとは違った、無惨に現実的な、
メルヘンの通用しない世の中を
生きるためのヒントというか、参照して
意義あるところがあるのではないかと思っています。
と言いながらまだ読み返しておらず
記憶で語っています。
――
何か新たに始められたことはありますか?
町田
自分はこれまで動画というものを軽んじ、
写真は撮影してSNSなどにしばしば投稿するのに、
動画を撮影するということはあまりありませんでした。
その割にはYouTubeなどはよく見ており、
最近の音楽や笑芸などについては動画から知識を得ています。
そんなとき今回のことが起きて、
「動画を撮影して送れ」と言われることが何度かあり、
スマホで撮影をしました。そうしたところ、
スマホの中に動画を編集できるアプリケーションが
組み込まれていることに気がつき、これを操作するうち、
やはり時折は動画もいろんなことに役立つ、
ということに気がつきました。
そんなことに今頃気がついても遅いと思います。
また、参加しているバンドの、
集まっての練習ができなくなり、
曲のファイルを送って貰って作詞、
これを多重録音して送り返す、
というようなこともするようになりました。
その際もスマホの中にあるものをテキトーに使っています。
マアマアおもしろいです。
これまではやるならちゃんとやらぬとあかぬ、
と思っていましたが、いまは目的があるならば、
少々ブサイクでもいろんなことを
取りあえずやってみることが大事だなあ、
と思うようになりました。
これも安吾につながることです。

――
社会の変化のなかで、これは
「守っていかなくてはいけない」と
強く思われたことはありますか?
町田
自分にとって「守るもの」は
いつも個人的な心得のようなものです。
個人的な信仰っていうか。
それはときにジンクスに堕しますし、
鰯の頭かも知れません。
その上で申しあげるなら、
「その目的は何か」
「いまそう思った原因はなにか」を
情け容赦なく自分に問い、
その答えをつらくても直視することです。
今度のことでそれがより露わになったように思います。

プロフィール

作家、ミュージシャン。1997年に処女小説『くっすん大黒』で野間文芸新人賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。その後、『きれぎれ』で芥川賞受賞。詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、『権現の踊り子』で川端康成文学賞、『告白』で谷崎潤一郎賞、『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。この他、『パンク侍、斬られて候』『浄土』『東京飄然』など著書多数。義経記を現代に蘇らせた『ギケイキ 千年の流転』『ギケイキ2 奈落への飛翔』が刊行され、続きは雑誌『文藝』にて連載中。新刊『しらふで生きる 大酒飲みの決断』も大きな話題になっている。

(つづく)

2020-05-24-SUN

前へ目次ページへ次へ