「池上彰」という新しい職業。 「池上彰」という新しい職業。
キーンコーンカーンコーーン!
池上彰さんを「ほぼ日」にお迎えして、
糸井重里と2時間の特別授業が行われました。
NHKの記者、首都圏ニュースのキャスター、
『週刊こどもニュース』のお父さんを経て
ジャーナリストとして大活躍中の池上さん。
どんなジャンルでも、わかりやすく解説してくれる
「池上彰」という新しい職業ができたのでは?
そんな池上さんの居場所ができるまでのお話を、
即興解説を交え、たっぷり全13回でお届けします。
第3回 「わからない」で前に進む
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糸井
「NHKのニュースがわかりにくい」
と言い続けていた池上さんを
『週刊こどもニュース』に抜擢したのは、
今思えばいいアイデアですよね。
池上
まあ、今思えばですよ(笑)。
私はずっと「わかんない、わかんない」って
NHKで言い続けていたんです。
首都圏ニュースをやっていたときに1年間だけ、
夕方6時の全国ニュースの10分間を
私が担当していたんですが、
こちらは全国ニュースですから
政治部や経済部や国際部からも原稿が来ます。
その原稿を読んでみると、専門用語ばっかり。
まったくワケのわからない原稿なんですよ。
「こんな原稿、わかんないっすよ」と言ったら、
「わかんないのはお前がバカだからだ」と言われて、
みんなの前で面罵(めんば)されました。
確かに私はバカかもしれません。
けれど、私がわからないまま読んで、
視聴者がわかると思いますか?
糸井
わからないでしょうね。
池上
「わからない」と文句を言い続けていたら、
そのうちに政治部の原稿を持ってきた担当者が
「あっ、池上に怒られるから、
原稿を書き直さなきゃいけないな」と言って、
私の目の前で書き直してくれることもありました。
あるいは、政治部のデスクが原稿を持ってきて、
「これ、読んでくれ」と私に言うんです。
読んでも意味がわからなくて、
「デスク、これ意味わかるんですか?」と訊いたら
「うん、俺もわかんないんだ」って。
「自分がわかんない原稿を私に出さないでください!」
と、私はひたすら怒っていたんです。
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糸井
「わからない」を言い続けていた池上さんが、
『週刊こどもニュース』のお父さんを
急に任されることになったわけですよね。
どんな番組にしようと思ったんでしょうか。
池上
首都圏ニュースを担当していた頃から、
ただ原稿を読んで映像を見せるだけじゃなくて、
立体的な模型を作って解説すれば
わかりやすくなるだろうなと思っていました。
また、それまでは毎日やっていたニュースが
『週刊こどもニュース』であれば
1週間に1回になるんだと気づいたんです。
毎日のニュースでは、
わかりやすくしようにも限界がありましたから。
これはチャンスかもしれないぞと気づいて、
じゃあ、やってやろうじゃないかと。
糸井
伝え方に隙があるのを知っていたから、
なにかできないかなって
前々から溜めていたわけですね。
でも、子どもが対象じゃなかったら、
そこまでやろうとは思わないですよね?
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池上
子どもでもわかる、というのがポイントなんです。
NHKのニュース原稿を書いている連中は、
わかりやすい原稿を書いているつもりなんですよ。
でも、伝える相手が子どもならどうでしょう。
「大人ならわかるかもしれませんが、
小学生にはわかんないでしょ?」
と言われたら、書き直さざるをえません。
「わかんないのはお前がバカだから」とも言えない。
そういう位置に立つことができました。
そうやって『週刊こどもニュース』という名前で
番組を始めようとなりましたが、
報道出身の人間は私ひとりだけでした。
他はみんな、教育テレビの子ども向け番組を
担当しているスタッフが集められたんです。
糸井
はあ、そういうチームなんですか。
池上
ひどい話でしょ?
糸井
むしろ、いいなあと思って。
池上
教育テレビのスタッフは、
子ども向け番組をやりたくて入社したので、
ニュースになんか関心がないわけですよ。
だから、新聞も読んでいないし、
『NHKニュース』を誰も見ていない(笑)。
糸井
同じNHKでも、
そんなに違いがあるんですか。
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池上
彼らがニュースを見ないのも、
よく考えてみると当たり前のことでした。
スタッフルームに行ってびっくりしたのが、
放送局ですからテレビはいっぱいあって、
全部、教育テレビが映っているんですよ。
そこで私、ハッと気がつきました。
彼らは、教育テレビの番組を作っているわけだから、
職場でも教育テレビを映しているんです。
糸井
ああ、そうかそうか。
当たり前のことだったんですね。
池上
当時の教育テレビのスタッフは
ニュースなんか見ていなかったんですよ。
夜遅く家に帰って、
民放のニュースをちょっと見るぐらい。
それが、かえってよかったんですね。
「ニュースがわからない」と言えるから。
糸井
「わからない」というキーワードが、
いつでも場面を変えていますね。
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池上
報道の連中にはプライドがあるんですよ。
一応「ニュースの専門家」ということなので、
ニュースの意味がわからない、なんて言えません。
だけど『こどもニュース』のスタッフは、
自分たちはニュースの専門家ではなくて、
「子ども向け番組のプロだ」
というプライドを持っていますから、
「わからない」と平気で言えちゃうんです。
私にとっては、これがよかった。
要するにね、視聴者が何をわからないのかを、
ニュースのプロはわかっていないんですよ。
糸井
視聴者が何をわからないかについては、
ニュースのキャスターをしていた頃には、
あまり考えないでいたんですか。
池上
首都圏ニュースではとりあえず、
わかりやすい言葉に置き換えていましたけど、
それでも視聴者には、わからないことばかり。
たとえば、普通にニュースに出てくる言葉でも、
「警察が逮捕して検察庁に身柄を送りました」とか、
あるいは「書類送検しました」って言いますよね。
さて、「書類送検」とはなんでしょうか?
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糸井
ええっと、なんでしょう?
池上
実際に警察のお世話になっていないと、
普通はわからないですよね。
逮捕状は警察が発行するんだって
勘違いしている人たちがいっぱいいるんですよ。
たぶん「ほぼ日」のみなさんの中にも
そう思っている方がいるだろうと思うんですけど。
糸井
ぼくも「あっ、そうなんですか」って
驚いてしまいました(笑)。
池上
逮捕状は、警察が発行できません。
糸井
警察が請求するんですね。
池上
ええ、警察が請求して、裁判官が発行するんです。
糸井
警察が発行できるようになったら、
警察がなんでもできちゃうから。
池上
そう、なんでもできちゃいます。
「アイツは怪しい、逮捕してしまえ!」とね。
逮捕にあたり、ちゃんと法手続きが行われているか、
容疑者の人権が守られているかどうかを、
裁判官が客観的に見る手続きになっているんです。
客観的な証拠があって初めて身柄を拘束するという、
ある種、人権を侵害するようなことを認めるんです。
だから、逮捕状の発行は警察ではなくて、
裁判官の仕事なんです。
こういった解説をしながら、
「ああそうか、日本の司法制度っていうのは
そういう仕組みになっているんだ」
ということに改めて気づくんですよね。
結局これは、自分の勉強にもなっていました。
糸井
当たり前だと思ってやり過ごしていたことが、
説明しようとするとうまくできない。
「わからない」を間に挟むことによって、
うまく前に進めたんですね。
池上
さらにいうと『週刊こどもニュース』では
子どもたちからいろんな質問がきます。
「神奈川県警とか千葉県警っていうのに、
なぜ東京だけ警視庁なんですか」、
「警視庁と警察庁はどう違うんですか」、
こういう素朴な質問をもらうわけですよね。
ああそうか、そこから説明しなければ
いけないんだっていうことがわかったんです。
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(つづきます)
2018-11-30-FRI