「池上彰」という新しい職業。 「池上彰」という新しい職業。
キーンコーンカーンコーーン!
池上彰さんを「ほぼ日」にお迎えして、
糸井重里と2時間の特別授業が行われました。
NHKの記者、首都圏ニュースのキャスター、
『週刊こどもニュース』のお父さんを経て
ジャーナリストとして大活躍中の池上さん。
どんなジャンルでも、わかりやすく解説してくれる
「池上彰」という新しい職業ができたのでは?
そんな池上さんの居場所ができるまでのお話を、
即興解説を交え、たっぷり全13回でお届けします。
第5回 若い頃の知的虚栄心
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糸井
池上さんの解説を聞いているうちに、
ぼくらは、やりすごしたままに
していることだらけだって気づきました。
池上
子どもたちの素朴な質問や、
芸人さんからの質問でフッと気づくんですよ。
「そうか、そこから説明しなきゃいけないんだ」って。
『週刊こどもニュース』をやっていた頃に
よく質問があったのは「保釈金」についてですね。
たとえば、誰か有名人が捕まると、
ニュースやワイドショーで
「保釈金は300万円でした」と情報が流れますよね。
そうすると、視聴者は文句を言うんです。
「金持ちはお金を出せば自由の身になるのか」とね。
糸井
あっ、それは違うってわかります。
池上
さすが、保釈金のお世話になった人は
よくおわかりです(笑)。
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糸井
いや、お世話になってはいませんけど(笑)。
「逃げると損だよ」っていう金額が保釈金ですね。
池上
そのとおり。
保釈というのはつまり、こういうことなんです。
「裁判が始まって逃亡しないし、
もう証拠隠滅のおそれもない。
だから、とりあえず拘置所から出してほしい。
判決が確定したら刑務所に入るかもしれないけど、
とりあえず家に帰してほしい」それが保釈です。
釈放とはまた違って、逃げちゃいけません。
だから代わりに「保釈金」を取っておいて、
逃げたら没収するという金額なんです。
糸井
預かっているだけのお金ですよね。
池上
そうなんですよね。
だから、あんまりお金がない人は、
保釈金が50万円ぐらいで出られるんですよ。
50万円がなくなったら
大変なことになっちゃうわけです。
大金持ちだと5億円になったりもしますね。
1000万円ぐらいだと、べつにいらないからって
逃げちゃう可能性がありますから。
結局、金持ちほど保釈金が高くなるのは、
「取られると嫌だよ」という金額を
人に合わせて裁判官が決めているからなんです。
糸井
本当にいろんなことを
やりすごしていましたよ。
池上
子どもたちや、芸人さんたちが
質問してくれるおかげですよ。
糸井
テレビを見ている人たちが
「俺も聞きたかったんだよ」っていうことを、
画面の中でやってくれているわけですね。
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池上
そうですね。
糸井
みんなが「俺は知らない」っていうのを、
すっきりと言えるようになったらいいのになあ。
あの聞き役を誰もができるようになれば、
知的水準は上がりますよね。
池上
それはいいですね。
逆に、私が一方的にテレビ画面に向かって
独り語りをするとしますよね。
「さあ、視聴者のみなさんに教えますよ」
みたいなことをやるとしたら、
プライドの高い人にとっては、
「そんなこと知ってるよ!」となるでしょう?
糸井
はい(笑)。
池上
「たしかに、みなさんはご存知かもしれません。
だけど、ここにいる芸能人はわからないから、
とりあえず芸能人に説明しているんですからね」
というスタンスをとることによって、
視聴者のみなさんはプライドを傷つけられずに
番組を見ていられるんですよ。
「こんなバカな質問してー、アハハ」
なんてことを言っているうちに、
「あれっ? 俺も知らなかったぞ‥‥」
みたいな情報も出てきたりしてね。
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糸井
自分の中でごまかせるんですね。
池上さんのお話は全部一貫していて、
「わからない」をきっかけに
道順が決まっていくような気がします。
池上
そうなんです。
糸井
失礼ですけど、池上さん自身は、
昔から秀才であられたんですか?
池上
いや、そんなことないですよ。
糸井
だいたいの人はそんなことないって
必ず言うんです(笑)。
池上
それもそうですね。
「いや、秀才でした」といったら
相当嫌なヤツですよね。
糸井
そこは聞き方にもよるんですけど、
勉強はよくできたんですか?
池上
勉強はできませんでした。
糸井
あ、そうなんですか。
池上
ただし、高校からでしょうかね、
「知的虚栄心」っていうのがありました。
私は今、68歳でして、
我々の世代は団塊の世代の一つ下なんです。
団塊の世代によくあるのが、
たとえば「ハイデッガーがね」とか、
「サルトルがね」とか言われると、
知っているフリをしてしまうところがあって。
その場では「うんうん」とうなずいておいて、
夜に慌てて本屋に行って調べるんです。
私にも、そういう知的虚栄心はありました。
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糸井
昔の旧制高校の人たちみたいなものの
余韻が残っていたんじゃないですかね。
池上
高校のときに難しいことを言うヤツがいて、
「ああ、これは勉強しておかなければ」
ということになったんです。
必死に追いつこうとして勉強していましたよ。
糸井
当時は「追いついたかな」と思って
生きていたはずですけど、
今の池上さんから見たら、
何も知らなかったと思うんじゃないですか。
池上
本当に、そうですよね。
糸井
若いときに誰もが経験する、
なんでも知ってるような気になれたのは、
何だったんでしょうかね。
池上
若い頃に、知的虚栄心が思考回路の中に入ってきて、
「このへんはもうわかってるものとしよう」とか、
「このぐらい俺だって知ってるはずだよ」って
子細に検討することなく蓋をしてしまう。
「これぐらい知ってるから、その上の議論をしよう」
みたいな空気がありましたから。
糸井
ああ、そうか。
「その上の」っていう逃げ方がありました。
池上
たとえば「ポストモダンのね」とか言いますよね。
さも当たり前に言われているから、
「ポストモダンって何ですか?」とは聞けない。
(ああ、モダンのあとのことなんだろうなあ‥‥)
なんてことにしておいて蓋をして、
「うん、うん」なんて応えたりするわけです。
そういうことが、誰しも成長過程で
起きていたんじゃないかなって思うんですよね。
糸井
上に逃げることは、今もみんながやってますよ。
特にネット上ではすごいですね。
もっと大事なことがあるかのように議論して。
池上
ええ、それはありますね。
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(つづきます)
2018-12-02-SUN