水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。
風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。
全11回の、長い連載。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- そもそも、どうして、
サハラ砂漠へ行こうと思ったんですか。
- ジン
- 生きてるだけで十分なんだってことを、
細胞レベルで知りたかったから。
明石家さんまさんが、
よく「生きてるだけで丸もうけ」って
言ってるけど、
あの言葉の具体的な意味を、
頭じゃなく、
自分自身を形づくっている細胞単位で、
知りたかったんです。
- ──
- そのために、サハラへ。
- ジン
- 何もない砂漠でそのことを感じて、
もし生きて帰れたら、
そのあと、
何があっても大丈夫だと思った。
- ──
- 生と死‥‥といったものについて、
よく考えていたんですか。
- ジン
- そうかもしれない。
街で1本、羊の足を買って
ラクダにくくりつけておくだけで、
次の日には、
立派なジャーキーになっちゃうの。
- ──
- ひゃー。それが砂漠。
- ジン
- そんな極限的な環境に身を置くと、
どうしても、
いろいろ考えることがあるんです。
ラクダの旅も、途中までは、
やめたくてやめたくてやめたくて
仕方なかったんだけど。
- ──
- そうなんですか。
- ジン
- 半年も砂漠を歩き続けているとさ、
だーんだん、
やめたくないって思うようになる。
- ──
- え、どうしてですか。
- ジン
- 最初のひと月くらいは、
孤独で、とにかく寂しいんだけど、
そのうち、
なーんにもないところに、
木が1本、生えてたりすると‥‥。
- ──
- ええ。
- ジン
- 友だちみたいに思えてくるんです。
久々に出会う生命だから、
コミュニケーションしたくなって、
話しかけたりすると、
木もよろこんでいるのがわかって。
- ──
- へええ‥‥。
- ジン
- すると、話が盛り上がっちゃって、
何時間も話し込んじゃったり。
砂以外には何にもない、
他に誰もいない状況に置かれると、
人間、
そんなふうになっていくんですよ。
- ──
- 砂漠にひとりぼっちという体験は
当然したことないですが、
わかる気がするのは、なぜなのか。
- ジン
- フンコロガシなんかに出会ったら、
もう、親友と話してるみたいに。
はたからみたら、
一方的にしゃべってるだけだけど、
ぼくとしては、
フンコロガシから、
返事が返ってきてる気がしてるの。
- ──
- 人間というものは、
どうしても「他者」を必要とする、
みたいなことなのかなあ。
- ジン
- 砂漠にひとりぼっちだと思うから、
さみしいし、孤独だし、辛くなる。
でも、あんな砂漠のど真ん中さえ、
考えかたひとつで、
「友だちだらけ」になるんです。
そのうち「風」とも話し出したり。
- ──
- 石川さんの「葦船の歴史観」にも、
通じていそうな体験ですね。
- ジン
- 自然や動物たちと
コミュニケーションを取りはじめたのは、
そこからだからね。
人間のふりをするのが、
だんだん、
めんどくさくなってきたんだよね(笑)。
- ──
- 石川さんって人間じゃないんだ!(笑)
でも、だからこそ、
人間じゃないものとのやりとりのほうが。
- ジン
- しっくりきたのかもしれない。
まあ、コミュニケーションというものを
どう捉えるかにもよるけど、
ただ話しかけるだけでいい人もいれば、
研究者として、
生き物を研究したりする人もいますよね。
- ──
- インディアンの古老に弟子入りして、
石川さんと同じように
森とのコミュニケーションを学んだ
女性の知り合いは、
いま国立大学の先生になっています。
- ジン
- うん、ぼくの場合は、
「とにかく、自然のなかに入っていく」
「そこで自然の仲間とおしゃべりする」
のが、ひとつのかたち。
- ──
- 先住民の人たちは、21世紀のいまも、
森や星や風や動物たちと話しながら、
コミュニケーションを交わしながら、
暮らしていますものね。
- ジン
- それが生活のベースになってるからね。
そうしないと生きていけないし。
- ──
- 砂漠の次は、どちらへ冒険に?
- ジン
- 今度は寒いところへ行こうってことで、
アラスカで、
イヌピアットの人たちと暮らしました。
クジラ漁の準備を手伝ったり、
アザラシの革で、
海へ出るための船をつくったりしてた。
- ──
- そういうときのツテというかアテって、
どうしてるんですか。
どなたかに、紹介してもらうんですか。
- ジン
- いや、ひとまず現地に行っちゃって、
あっちで、
交渉したり、紹介してもらったりね。
アラスカのときは、
ホテルに泊まったら100ドル以上で
絶対に無理だったんで、
なんでもやるから居候させてくれって。
- ──
- そんな急に、日本からやって来た人が、
居候できたりするんですか。
- ジン
- できるよ。
- ──
- 空き部屋に住ませわせてもらったりして。
- ジン
- アラスカでは「ソリの上」だった。
- ──
- ソリの上‥‥?(笑)
- ジン
- ソリの上にシロクマの毛皮を敷いた寝床。
- ──
- それ‥‥寒くないんですか。
- ジン
- ガレージの中で、寝袋もあったからね。
じゅうぶんにあったかい。
シロクマの毛皮にくるまれて眠るのは、
最高だよ。
- ──
- アラスカにはどれくらいいたんですか。
- ジン
- 1か月半くらいかあ。
マイナス40度の、まっしろな世界に。
- ──
- ちなみに‥‥なんですが、
大学を休学して
砂漠への旅に出たということですけど、
就職はしなかったんですか。
- ジン
- ぼく、ちっちゃいときから、
ずっと学校の先生になりたかったんで、
大学で教職を取ってたの。
教育実習も決まってたりしたんだけど、
砂漠で、ぜんぶ、ひっくり返ちゃって。
- ──
- ああー。
- ジン
- もちろん先生は素晴らしい職業だけど、
自分は、
就職してる場合じゃないなあと思った。
それはたぶん、ひとつには、
人間って簡単に死ぬってわかったから。
- ──
- 砂漠で。
- ジン
- 学校の先生になる前に、
もっともっと、学びたくなったんです。
だから、
世界中、どこへでも行けるチャンスが
こうしてあるんだから、
行きたい場所へぜんぶ行ってやろうと。
- ──
- 思って。
- ジン
- 世界中の自然とつながってやろうって、
思ったんです。
<つづきます>
2020-01-29-WED
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN